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木曽最北端の宿場町 贄川宿を紹介!木曽の門番の関所とは!?

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某 上場電機メーカーに勤務しているアラフィフサラリーマンです。 転勤族で、東・大・名の3大都市での勤務経験あり。 休日に関東、関西、中部とその周辺を旅行して街あるきを楽しんでます。 その中で好きになった街の中で一番のお気に入りは広島の尾道です。 よろしくお願いします。
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中山道は五街道の一つで江戸(日本橋)から

京都(三条大橋)まで約540kmの距離に

69の宿場町がありました。

 

その中で山道や峠道が多い木曽の宿場町

11ヶ所ありました。

 

木曽に入ってすぐの宿場町は贄川宿(にえかわじゅく)

 

今では楽しみながら中山道を歩いている人も大勢います。

 

今回は木曽の宿場の中で最初の難関 贄川宿で

ぜひ寄って欲しいところ、木曽の工芸品、

立ち寄りたいお食事処をご紹介します。

 

中山道は山道、峠道ばかりの難所だった!?

中山道は山道、峠道ばかりの難所だった!?

江戸時代には大名が地元と江戸を1年おきに

移動して過ごす参勤交代がありました。

 

北海道など遠い地域の大名に対しては

もう少し参勤と交代の期間が寛大であった

ようですが、どちらにしても準備も費用も

莫大にかかる参勤交代は決して

楽ではなかったはずです。

 

木曽は山道、峠道もあり、各宿場で

人馬の備えがあるとはいえ、

移動は大変だっただろうと想像できますよね。

 

東海道の各宿場に常備されていた馬は100頭だと

言いますが、中山道50頭常備されていたようです。

 

この常備も大変だったと聞きます。

 

そして多くの大名は東海道を利用していたそうです。

中山道を使うのは大名の4分の1くらいだったとか。

 

でも東海道も実は大井川を渡ったり、宮宿から桑名宿など

船旅移動をクリアしなければならない難所もあったので、

女性などは中山道の方が通りやすかったと言います。

 

そのため『姫街道』とも呼ばれています。

 

中山道は参勤交代以外にも和宮の御輿入れでも

利用されました。

 

またお伊勢参りに行く旅人は行きは東海道、帰りは

善光寺詣りも兼ねて、中山道を使うことが多かった

そうです。

 

 

贄川宿はどんな街?めがね橋って何? 関所超えは厳しいチェックだった!?

贄川宿はどんな街?めがね橋って何? 関所超えは厳しいチェックだった!?

贄川宿は江戸から数えると33番目の宿場町です。

 

本陣が1軒脇本陣が1軒旅籠が25軒あり

人口は545人でした。宿場町は4町6間

1町=109m、1間が約1.8mだったので、

およそ447m位ですね。

 

現在は本陣や脇本陣も火事で焼失し、跡地のみが

残っています。

 

何度となく大火に見舞われていましたが、

昭和5年の大火でほとんどの家屋がなくなって

しまいました。

 

贄川にあった旅籠の様子は「歌川広重の木曽街道 贄川」

の絵に残されていますが、宿場として繁栄していた

ことは絵から窺い知れます。

 

歌川広重作 贄川はこちら⇩

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/heritagebig/40798/0/1

 

贄川宿は旅籠が25軒あったとはいえ、

お隣の奈良井宿と比べると泊まる旅人がそんなに

多くなかったようです。

 

ですから夕方になるとひどい客引きがいて、

それを知っていた旅人は「贄川宿の昼どおり」

呼んで、昼間のうちに客引きに遭わないうちに

移動しようとしていたとか・・・。

 

 

 

めがね橋

 

贄川宿へ入るときにめがね橋という橋を発見します。

この橋はメロディー橋とも呼ばれています。

 

理由が分からなくても橋の欄干を見ると

メロディアスな雰囲気がちょっと感じられますよ。

 

実は橋の上に鉄琴のようなパイプがいくつも吊るして

あるのですが、それを端から順番にに叩くと

「きーそーのーな〜あ、なかのりさ〜ん〜♪」 と

歌詞は出ませんが、木曽節の音色を聴くことが

できるんです。

 

橋の下はレンガ造りになっていますが、こちらも

趣があって地元の人はもちろん、木曽路を旅する人や

電車好きの人からも人気です。

 

贄川関所

 

贄川には関所があり豊臣秀吉の時代から番所として

存在していました。

江戸時代になっても同じ役割で関所として

機能していました。

 

贄川関所は貴重な木曽ひのきなどの木工品や木材を

密かに持ち運ぶも者もいたので、それをしっかりと

監視するためという『白木改め』、大名の妻子などが

江戸から離れるのを取り締まった『女改め』など

厳しくしていたところでした。

 

全国にある関所は幕府に逆らう者を取り締まるために、

また、全てのものを幕府の管理下に置くように

こうした厳しいチェックが敷かれていたんですね。

 

冒頭でも話した通り中山道は和宮の御輿入れでも

利用されましたが、和宮に同行していた岩倉具視

贄川で休憩した宿の娘さんに一目惚れして、後日

恋文を書いて届けたという話が残っています。

 

恋文は実際に関所に残っていて

見ることができるようです。

 

参考資料:https://tokimeguri.jp/wp_cms/wp-content/uploads/2021/03/take3-.pdf

https://www.nagareki.com/kaidou1/nakasen/niekawa.html

 

 

仁孝天皇の皇女の御輿入れという重要な任務の中、

こんなゆるいこともあったんですね。

長い道中、色々なエピソードがあったのでしょうね。

 

興味深いです。

 

 

関所1869年(明治2)には廃止になりました。

 

明治に入ってから取り壊されましたが、昭和51年

復元されたのが今の関所です。

 

それにしても長い道中、京都までの道のりはまだ半分の

33 番目の宿場町の関所で厳しく取り調べられたり、

客引きにあったりと昔の旅人は本当に緊張の連続ですね。

 

ある意味命がけです。

 

命と引き換えにしても行かなければならない旅、

今では考えられないですね。

 

ここで中山道を通行した人たちのプチ情報です。

 

中山道を通っていた大名行列は平均9.8里(40km弱)

くらい歩いていました。

大体朝の5時か6時に出発し、食事や休憩を挟みながら、

10時間程移動して夕方5時くらいには本陣に到着

といった流れだったんですね。

 

一般の旅人も男性の足で大体8里から10 里くらいは

歩いていたようです。

 

朝は日の出と共に、夜は暗いので移動せずと考えると

結構大変なことです。

天候不順や様々なハプニングがあれば

1日2日ずれることもあったでしょうし、

山や峠を越えるのですから計画なしでは進めませんね。

 

自分だったら・・・

2日間くらいなら40km進めたとしても

毎日となると厳しいですね。

 

膝がガクガクでしょうきっと。

 

 

贄川関所

場所:塩尻市大字贄川1568番地1

Tel:0264-34-3002

 

開館: 4月〜11月 午前9時〜午後5時まで

12月〜3月 午前9時〜午後4時まで

1月 土曜日、日曜日、水曜日、祝日のみ開館

休館: 毎週月曜日、国民の祝日の翌日、

12月29日〜1月3日

 

入館料:大人(高校生・大学生含む)300円、

子ども(中学生以下)無料

 

アクセス:JR中央本線贄川駅から徒歩5分

駐車場:5台

 

贄川関所はこちら⇩

http://www.city.shiojiri.lg.jp/tanoshimu/hakubutukan/niekawasekisho.html

 

深澤家住宅

 

「深澤家住宅」は木曽を拠点に商売をして

京都や大阪にも手広く商いをしていた豪商です。

 

屋号は加納屋で安政5年「一代苗字御免」といって

苗字の使用を許されるほどでした。

 

主屋、北蔵、南蔵と3棟の建物でしたが、

1851年(嘉永4)の大火で1857年(嘉永7)

再建されました。

 

2005年(平成17年)には国指定重要文化財

指定されています。現在残されているのは主屋です。

 

深澤家住宅

住所:塩尻市贄川1622番地

問合せ:0471-54-3719(深澤氏)

 

深澤家住宅はこちら⇩

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/177152

 

贄川宿場町には地図を見てもわかるように

4ヶ所の水場があります。

旅人にとっては大事な水場だったのがよくわかりますよね。

 

また火事も多かったので、そんなためにも所々に

作っていたのかもしれませんね。

 

贄川宿の地図はこちら⇩

https://tokimeguri.jp/wp_cms/wp-content/uploads/2021/03/take3-.pdf

 

贄川宿では工芸品や信州の味を楽しめる!

贄川宿では工芸品や信州の味を楽しめる!

木曽はヒノキなどの木工品漆器が昔から

伝統工芸品として作られていました。

 

贄川からちょっと移動しますが、地元の作家の

作品が展示販売しているところがあります。

 

また信州はそばが有名ですよ。

ちょっと休憩しながらお蕎麦や川魚を楽しめる

お店をご紹介します。

 

 

木曽くらしの工芸館(道の駅木曽ならかわ内)

 

道の駅 木曽ならかわに木曽くらしの工芸館が

あります。

 

こちらでは漆器作りの体験工芸品の作家の作品が

展示販売されています。

 

器、箸、テーブル、椅子、ボールペンなど

普段使いから贈答できるものまで幅広く扱っています。

 

漆器作りの体験では予約制ですが、急須敷・スプーン・

箸・ブローチの絵付けなど製作できるようです。

 

木曽くらしの工芸館

住所:塩尻市木曽平沢2272−7

Tel:0264-34-3888

 

アクセス:東京から

(車) 八王子ICより中央自動車道⇨塩尻IC

塩尻ICより19号で約25km⇨道の駅ならかわ

 

(電車)新宿よりJR中央本線⇨高尾⇨甲府⇨塩尻⇨木曽平沢

木曽平沢より徒歩20分⇨道の駅ならかわ

 

 

食事処 与志田

 

お蕎麦、川魚、山菜、馬刺し、おやき、五平餅など

信州の味を楽しめます。

 

テイクアウトに27cmほどの長いカレーパンもあって

美味しいですよ。

 

食事処 与志田

住所:塩尻市木曽平沢2272−7

Tel:0264-34-1000

 

営業時間:10時〜17時(夏10時〜18時)

定休日:毎週火曜日(シーズン時は無休)

 

駐車場:乗用車100台

 

 

そば処 ながせ

 

こちらは贄かわのお蕎麦屋さん。

 

定食があったり川魚の一品ものもあり、メニューが

豊富です。

 

すんきというカブ菜を乳酸菌でつけた

発酵食品もあります。

 

すんきの酸味とお蕎麦を絡ませたすんきそば

冬場の限定でおすすめです。

 

山菜は季節によっても変わるので楽しみです!

 

釣り堀があって川魚を釣るとお店で捌いてもらえ、

その場で焼いてもいいし、持ち帰りもできます。

 

竿や餌は無料貸し出しで、お魚は目方に応じた金額です。

 

そば処 ながせ

住所:塩尻市大字贄川2393-3

Tel:0264-34-3317

 

営業時間:11時〜18時

定休日:火曜日(祝日除く)

 

アクセス:塩尻ICから車で35分

JR贄川駅より車で8分

 

駐車場:30台

 

 

贄川宿のまとめ

贄川宿のまとめ

いかがでしたでしょうか。

 

贄川宿は北の門番のような役割をしていたんですね。

 

そして峠をこれから越える木曽路の試練の始まりの

宿場町でした。

 

隣の奈良井宿までご紹介と思いましたが、

奈良井宿も盛り沢山なので、

次回ご紹介します。

 

まだ木曽路を旅したことがない方、

ぜひ、中山道を歩いてみませんか。

 

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